日本人はいませんでした。


飛行機事故、列車転覆、テロなど海外で大規模な災害が発生した際、ニュースの中で
”なお、乗客に日本人は含まれていない模様です。”や”乗客名簿の中に日本人らしい名前は見当たりません
でした。”という言葉が使われる。
これに対し、”日本人が被害に合わなければそれでいいのか?”というようなことを言う人、
あるいは考える人。彼らは本当にそう思っているのだろうか?
ごくごく”常識的”に考えて、”日本人が含まれていなければそれでいい”と思う人が いったい
どれくらい存在するのか?
ましてや報道に携わる連中が皆そういう考えを前提に 原稿を書いているとは通常考えもしないだろう。
以前ある歌の歌詞にも出てきたが、あれに同感した人々は相当な”つむじまがり”では?と思った。

結論から言うとあの言葉は”無用な混乱を避ける為”に必要な常套句なのだ。
1993年7月12日、北海道南西地域をマグニチュード7.8の地震が襲った。
死者172人を出す大きな災害であった。時間は夜の10時をまわったところで各局が報道特番を放送、
被害状況を伝えた。 今でもNHKアナウンサーの言葉を記憶している。
かなり長期にわたり何度も何度も 繰り返して言っていた印象がある。
”現在、被害地域に電話が殺到し、NTT札幌の 交換機がパンク状態になっている、安否の確認電話は
現地の復旧作業の妨げになるので 控えて欲しい”というような内容であった。
被害に合われた方々には申し訳ないが、国内の一部地域で起きた災害でこれである。
警察や消防の使う無線は当然限られており、ましてや一般家庭では”電話”なのだ。
一分一秒を争っている時に、友人知人の安否は2の次。

このような混乱を海外での災害の際、未然に防ぐ重要な言葉が”日本人はいませんでした” なのである。
NYのテロの際、日本の国際電話を扱う各社は回線数を最大、通常の3割まで 減らしかかりにくくした。
もちろん現地への安否確認電話によって救助活動を妨げないためである。
”人種のるつぼ”に世界各国から電話が殺到したら、助かる命も助からない。
親族、友人、知人の安否は誰しも気になるところではあるが、まずは生存者の救出である。
当人へ直接連絡がつかないと、外務省、旅行会社、報道機関、在外交館にまで電話をかける。
そうなると各機関の情報収集も妨げられてしまう。

決して日本人が被害にあわなければそれでいい、のではない。

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